「見守り? そんなの、いらない」で終わった正月
正月に実家へ帰ったとき、食卓でこう切り出しました。「そろそろ、見守りみたいなの、考えてみない?」
返ってきたのは、「いらないいらない」の一言。母は箸を止めもしませんでした。カメラがどうとか、費用がどうとか、そこまで話が進む前の話です。「見守り」という言葉を出した、その瞬間にシャッターが下りた感じでした。
心配して言ったのに、なんでこんなにあっさり。正直、少しむっとしました。同時に、どう続ければいいのかもわからなくなって、その日はそれ以上言えませんでした。
離れて暮らす親に見守りを提案して、「必要ない」「大丈夫」と断られる。これは製品を選ぶ以前の、いちばん最初でいちばん厄介なところでつまずく問題です。私もここで1年近く足踏みしました。
この記事は、「カメラが嫌」と手段を断られた話ではありません。手段の前に、見守りそのものを拒まれたときに、私が何をやめて、何をやったかの記録です。先に言っておくと、答えは「うまい説得のセリフ」ではありませんでした。
カメラという具体的な手段で断られた場合の伝え方は、見守りカメラを親が嫌がるときに分けて書いています。
「いらない」の下にある本音
「いらない」は、たいてい本音そのものではありません。母を見ていて、あとから「ああ、こういうことだったのか」と思い当たったものを書きます。番号を振ってきれいに分かれるようなものではなくて、いくつもの気持ちがひとかたまりになって「いらない」に化けていた、というのが実感です。
いちばん底にあったのは、たぶん「弱ったと思われたくない」でした。母はまだ自分で買い物にも行くし、料理もします。そういう人にとって、見守りの提案は「あなたはもう一人だと心配な人ですよ」という通知に聞こえてしまう。よかれと差し出したものが、老いを突きつける紙みたいに受け取られる。これは私の想像ではなく、あとで母が「年寄り扱いしないでよ」と口にして、はっきりわかったことです。
もうひとつは、自分の暮らしに踏み込まれる感覚。知恵袋を見ていても、見守りを「プライバシーの侵害」と受け取って、機械的なものより人の手による親身な見守りを望む、という相談がありました(Yahoo!知恵袋)。カメラに限った話ではなく、「自分の生活を常時どこかから把握される」こと自体への抵抗です。回答者が「見ていても心配は尽きませんよ」と返していたのも、妙に頭に残りました。
そして、遠慮。これは意外でした。母が渋る理由を後で聞いたら、「あんたに手間もお金もかけたくない」と。心配されるのが嫌なのではなく、私に負担をかけるのが嫌だったんです。「いらない」の中に、拒絶と親心が同居していました。
こう並べてみると、母の「いらない」は私への拒絶ではありませんでした。ただ、私の「心配だから」が、母のこういう気持ちの上を素通りしていただけだったんです。
拒否されたとき、私が最初にやめたこと
断られた直後、私がやりがちだったのは「もう一押し」でした。統計を見せる、事例を出す、「倒れてたら気づけないんだよ」と少し脅す。全部、逆効果でした。
母の立場で考えれば当たり前で、断ったそばから畳みかけられたら、「この子は私の話を聞く気がない」としか思えません。説得を重ねるほど、母は「見守り=押し付けられるもの」と身構えていきました。
なので、まず一押しをやめました。その場で結論を出そうとするのをやめた、と言ったほうが正確かもしれません。
これは根性論ではなく、専門家も同じことを言っています。介護の相談を受けているNPO法人の川内潤さんは、一人暮らしの母に監視カメラを付けたいという相談に対して、はっきりこう答えたそうです。
「それはやめてください」とお答えしました。
日経ビジネス
驚きますよね。心配なんだから見守るのは当然でしょう、と思ってしまう。でも川内さんは、監視のように干渉すると、守りたかった親子関係のほうが先に壊れると指摘しています。実際、干渉されすぎた高齢の方が「家では怒られてばかりで帰りたくない」と泣いた例まで紹介されていました。見守りたい一心の一押しが、いちばん守りたい関係にヒビを入れる。これが、私が一押しをやめた決定的な理由になりました。
やめてみて気づいたのは、拒否は「今日の答え」であって「一生の答え」ではない、ということでした。急いで今日ひっくり返す必要は、そもそもなかったんです。
サービスを入れる前に、「見守りと気づかれない合図」から
一押しをやめると、今度は「じゃあ何もしないの?」という不安が来ます。ここで私がやったのは、見守り“サービス”をいったんあきらめて、見守りだと気づかれない合図を生活の中に作ることでした。
具体的には、こんなことです。
- 寝る前に母とLINEでひと言だけやり取りする(用がなくても「おやすみ」だけ)
- 週末の朝に一度、短く電話する
- 母が好きな通販の話をふって、届いた・届かないの近況を自然に聞く
大したことではありません。でも、これを続けると、返事がない日に「あれ?」と気づけるようになります。機械を一台も置かなくても、連絡の“いつも”ができれば、そのズレ自体が見守りになる。母は「見守られている」とは1ミリも思っていません。ただ娘とやり取りしているだけ。それでいいんです。
ここでよくあるツッコミが、「そんな悠長なことをしている間に倒れたらどうするの」。もっともです。だからこの合図づくりは、見守り機器の代わりというより、機器を受け入れてもらうまでの橋だと思ってください。やり取りが習慣になった親は、「機械で様子がわかると私も安心なんだよね」という次の一歩を、ずっと聞き入れやすくなります。うちの母が態度を軟化させたのも、この習慣が数カ月続いたあとでした。
一人で抱えない。地域包括支援センターという第三者
親を説得する仕事は、たいてい子ども一人にのしかかります。でも、親子だからこそこじれる話は、第三者が入ると驚くほどすっと通ることがあります。
その第三者として、まず頼ってほしいのが地域包括支援センターです。市区町村ごとに置かれた高齢者の暮らしの相談窓口で、介護保険をまだ使っていなくても、家族だけの相談で使えます。しかも無料です。
なぜ効くのか。子が「見守りをつけよう」と言うと「管理される」になりますが、専門職が「こういう備えをしている方が多いですよ」と言うと「一般的な準備」に変わるからです。同じ中身でも、言う人が変わるだけで、母の受け取り方はまるで違いました。私の言葉には首を振り続けたのに、センターの人が挙げた選択肢には「それならまあ」と耳を貸したんです。
それだけではありません。半年ほどして、母のほうから「この前の人が言ってた、あれ、どういうやつなの?」と電話で聞いてきたことがありました。私が押していたころには、絶対に出てこなかった一言です。第三者を挟むと、親が自分のペースで考え直す時間が生まれる。この“親から言い出す”流れになると、あとがずっと楽でした。
「うちの地域にあるのかな」と思ったら、市区町村名と「地域包括支援センター」で検索すれば、担当の窓口が出てきます。まずは電話一本で十分です。
それでも拒否されたら、時間を味方にする
ここまでやっても、親が首を縦に振らないことはあります。私も、母が完全に受け入れるまで1年かかりました。
そのときは、無理に導入しないでください。意思を無視して機械を置くと、いざ必要になったときに親が自分で外してしまうか、それ以上に、「勝手に決められた」というしこりが残ります。一度できたしこりは、機器一台のメリットではとても割に合いません。
拒否は「今はいらない」というだけで、「一生いらない」ではありません。状況は変わります。ちょっとした体調の崩れ、近所で聞いた転倒の話、テレビで見た特集。親の気持ちが動くきっかけは、こちらが用意できないところからやってきます。大事なのは、そのときに「じゃあお願いしようかな」と言える関係と、すぐ動ける準備を、こちらが手放さずに持っておくことです。
だから、拒否されている間にやることは、説得の続きではありません。連絡の習慣を切らさないこと。そして、カメラかセンサーか、費用はどれくらいかといった下調べを、自分の中で済ませておくこと。この二つだけで十分です。いざ親が「いいよ」と言ったその日に、もたつかずに始められます。
親のタイプ別に、次の一歩を並べておきます。
- 「見守り=監視されそう」で身構えている → 映像を残さない方法があると知るだけで壁は下がります。見守りカメラを親が嫌がるときや監視っぽくない見守りの方法へ
- 「機械が増えるのが不安」と言う → 親が操作しなくていい機種なら、その不安の大半は消えます。人感センサーで高齢者を見守る方法やSwitchBotで離れた親を見守る方法で置くだけの例を
- そもそもカメラかセンサーか決めかねている → 費用と条件で並べたカメラとセンサーどっちがいい?を
我が家は最終的にセンサー型に落ち着きましたが、そこにたどり着いたのは、こうして時間をかけて、母の「いらない」が「まあ、いいか」に変わってからでした。
まとめ
高齢者が見守りを拒否するとき、その「いらない」の下には、弱ったと思われたくない気持ち、暮らしに踏み込まれたくない感覚、子に負担をかけたくない遠慮が、ひとかたまりになって隠れています。だから、正面から説得を重ねるほど、かえって遠ざかっていきます。
私が遠回りの末にたどり着いた結論は、シンプルでした。一押しをやめる。連絡の習慣で“いつも”を作る。一人で抱えず地域包括支援センターを頼る。そして、拒否は今日の答えだと受け止めて、時間を味方にする。
もし今日ひとつだけやるとしたら。次に親と話すとき、説得はいったん脇に置いて、「なんで気が進まないの?」と理由をひとつだけ聞いてみてください。私が変わり始めたのは、母の「いらない」を論破するのをやめて、その中身を聞いた日からでした。機械を選ぶのは、そのあとでも遅くありません。